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二重螺旋階段
グランモワゼル
シャンボール城にあるグランドモワゼルの肖像
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サンファルジョーから半径100km以内にあるユネスコ指名の世界遺産は、シュリイ城より下流のロワール河全域、シャンボール城、そしてブルゴーニュ側に、ヴェズレイの聖堂、フォントネイの僧院があります。ヴェズレイについては本サイトのロマネスクのページに記しましたので、ここではシャンボール城についてだけ簡単に触れることにします。

シャンボール城

ルーブルになぜモナリザが?

万能の天才ダヴィンチも晩年は不遇でした。ダヴィンチが活躍した時代、フランスはイタリーに比べ建築、美術に関して後進国でした。時の国王フランソワ1世は1515年ミラノに遠征し支配権を得ると、そこで触れたルネッサンス様式をフランスに導入する決意をします。帰国後、1519年に、狩猟用の離宮だったシャンボールに壮大なシャトーの建設工事を着工させ、一方で、王の生地であるアンボワーズの城下に、クロ・リュッセ館を用意しレオナルド・ダ・ヴィンチを招きます。ダヴィンチはフランスへ旅立つに際し、自己の分身ともいえる何枚かの油絵を馬の背に積み持ってきたのでした。今日ルーブルにモナリザと、他の数枚の絵が飾ってある所以です。

ダヴィンチはアンボワーズで没し、城のある高台の小さなチャペルに眠っています。フランソワ1世はシャンボール城の完成をみず、1547年に亡くなります。パリと同じ面積(5440ヘクタール)の広大な森と池に囲まれ、全体がロワール流域で採れるチュッフォ(やや黄緑色を帯びた多孔質の石灰石)で築かれた白亜のシャトーは暖炉の数だけで282、部屋数426という桁外れに大きな城です。(ヘッダー左の写真)

主塔に入ってすぐの大広間に登り口のある階段は、二重螺旋階段として有名です。双方を昇り降りする人が途中一度もすれ違うことがない、世にも珍しい作りになっています。この螺旋階段を中心に4つの部屋が広がる設計が当時としては非常に革新的なことから、ダヴィンチが関わったであろうといわれています。

 

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